「道着脱いでいい?」「なんで?」

BY ライデン IN No comments

 初夏でも暑い

思えば中学生の頃も初夏ともなれば暑かった。でもまだ夏服期間じゃないので学ラン。汗疹とアトピーの私にはやんわり辛かった。
なぜ実際暑いのに脱いではいけないのか、とも考えずそんなもんだと思っていたあの頃。
ほどよく昨今は夏服の移行期間に関して、いくつかの報道も目にしたところです。


今も稽古のとき暑い。地区センターは冷暖房があるけど、まだクーラーは使えない。いや受付に頼むと弱めだけど入れてくれる、でもガンガンは効かせられない。施設の決まりで時期的なものがあるみたい。入れてくれるだけでもありがたい。


この「夏服」や「空調の時期」という決まりごと、これが厄介だ。決まりは大事だけど、大事だけど、、、やっぱり暑い。

「なんで!?」

そんななか、子供たちが毎回聞く。
「道衣脱いでもいい?」(汗だく)
「・・・着とけよ!!」(汗だく)
「なんで!?」(汗だく)
「・・・・」(汗だく)

私もう諦めた。脱いでいいことにしようと。
フルコン空手諸派では道着脱ぐことも多いのは知ってる。新宿スポセン行ったら道着着てない人なんていくらでもいる。道着がなくてもできるのよ。実際暑いし、あと動きにくいのよ、道着。


道衣を着るべき合理的な理由がない。すべて合理性が優先されるべきと思っているわけではないのだけど、やはりこの子供の「なんで?」にまったく答えがない。無さすぎる。

色々な考えがあると思います。でも暑いのも嫌だけど、何より決まりだからといって現状無視で着続けるこの不条理が嫌だ。
夏服も空調もルールは大事だと思うが、熱中症で倒れてまでのものではないのではないか。子供たちほんま毎回汗だくなんよ…。

だが帯は絞めてもらおう。帯さえちゃんと結ぶ習慣があればすぐ戻れるし。帯は自分たちで掴み取ったもんだから付けたがるしな。

何が言いたいかというと、暑い!!


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余談だけど私も禅門としての、「握りしめないこと」が頭に過りまくっているのです。
厳密な意味はあれだが、五箇条の御誓文、
「旧来の陋習を破り、天地あまつちの公道に基づくべし。」
明治の僧による、
「人伝の導師たる禅の師家がいたずら古い習慣にこだわってどうするのだ。世とともによろしく推移して、もって教化の実をあげん。」
このあたり。

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【追記】
我田引水で恐縮だけど、合気系でも脱ぐんだなと。
https://twitter.com/keidokan/status/1527022633937539072