少林寺拳法と「気」

BY ライデン No comments

 武術て精神性と結びつきやすいのでスピリチュアルと相性がいい。これは本当です。そしてたまに聞かれる「気てあるの?」ですが、まぁあります。



漢和辞典で「気」調べると。

調べますとね。最低五項目くらいあります。項目も多いし、それぞれに統一感のない項目…「気」というのは色んな意味があってー、

あなたが部屋を片付けているとしましょう。これは使うもの使わないもの、秋に使うもの、あの時に使うもの、これは大事なもの、色々分けていきますね。その中でどこに入れておこう?というものが必ずありませんか。とりあえず分類できないものBOX、それの言葉版が「気」という概念です。なので曖昧で何かわからないもの、なのは必然なんです。

昔はわからなかったけど今はわかったものもたくさんあります。電気とか磁気とか、空気とか、いかにも「気」という言葉がついているものもあります。でも依然としてわからないものはあるし、分類しにくいものはあります。


横浜大六天道院では「気」という言葉は使いません。

解説するうえで使いません。上述の通り言葉の意味が広く、お互いに同じ概念ではない可能性が高い曖昧な表現となるため、解説には使いません。

ただ気をつけろとか気持ちよく投げるとか、そういう一般的な言葉の範囲では無理に避けることはないです。

後は意識だけ撃とっくみたいな表現はありますね。ストレート出す前にジャブを(物理的には出してないけど)意識の上では撃っておく。ちゃんと意識の上で出してると相手が釣られてストレートが当たりやすくなるみたいなのはあるので。打撃でも投げでも。「スタンド攻撃」と呼んでいます。




武術と気

ただ相手に触れるずに投げるとかはあります。状況が揃えば。状況を作るというのも戦術の内というのも確かです。ボクシングやサッカーの試合中継で聞いたことはありませんか? 「自分のペースで戦えていますね」というのを。

長い年月を掛けて門下生の感度を上げるというものもあれば、数時間のセミナーで醸成する人もいます。昔の2ちゃんで有名だったHさんは「三時間あれば誰にでも合氣を掛けられる」て言ってましたね。

自分の行っていることに一般性があるのかどうか、知らず知らずのうちに身内のみで有効な技術となっていないか。これはどの修練者も常に気を配るところではないかと思いますね。とりあえず他流派スパーにでも行くのが若い人はいいでしょう。

相手を術中にはめていくのも戦いの内ですよ。そういう中で、相手を上手く操るというのは確かに存在します。さらに言えばすごく短時間でそれを達成できる人もたまにいます。なんならプロの世界の勝負こそ、こういう繊細な部分が大事になってくるのかもしれません。なので私はできませんが、これも武術の内だと思いますよ。

これらは人間の仕組みなのかバグなのか、面白いのは確かです。でも多くの人には短期間でそれを用いるのは困難なので、試合とか襲い来る暴漢対策としていわゆる「気」は良い選択ではないと私は思います。

でも有るか無いかと言われればあります。

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